タイトルで作品に迷惑をかけないようにという配慮を褒めて欲しいんダナ。
ウルトラマンZ10話見たんですよ、見たんです…
物語のはじめから怪獣を「ぶっ倒す」ていう表現がウルトラマンXのXIO隊長の言葉を省みると大変な不安を個人的に煽っていたわけで、Z9話からその辺りが急にポケットに入れてた重りがめっちゃ重力に引かれだした感じでしたわけでございます。
端的にいうと、特撮作品ってなんでこうも僕の生きる上での悩みへの答えを提示してくれるんだろうって話なんです。
というのは、僕は基本的にエコとかエシカルとかいう、特にファッション、アパレルにおける優しさ(全体感の)に常にゲロを吐きたくなるような疑問というか腑に落ちネェなぁって事を多分高卒くらいからずっとクヨクヨ悩んでるです。
内容としては、Twitterとかではたまに投稿してますが、他者(動植物地球)に対して配慮して人の存在を問うので有れば皆◯ねって事だと思うんです。
まあ、極端な話ですが例えば毛皮(far)に反対してエコ(笑)ファーを活用するとかいうオマエ、それが生産されるまでのCO2、化石燃料等の問題は置いて置くんか?オマエこのクソ暑いのにエアコン使わねえのか?おかしくねえか?って話なんですよ。
今までは、対応年数だったり、思い入れみたいな何となく精神論で毛皮派を通してきたんですけどより強固な精神論として、「命を奪う覚悟」というウルトラマンZが示してくれた人としての指針を心に刻む事で、本当に個人的な意見ですが少し生きる事が楽になりました。
だって、「覚悟」は向かうべき正しい道だし、荒野の道に進むべき道を切り開く事なんで、それはつまり俺たちの戦いはこれからだって事なんです。
マジで何言ってるかわからないかも知れませんが、我々は常日頃諸行無常に生活をして他者を虐げて生きることを避けられないんです。
お散歩の時に大きめの蟻が足元を歩いていることに配慮せず歩いてしまった事に気付いた時の謎の申し訳無さありませんか?
しかし、「覚悟を決めるぜ」的ウルトラマン的発想を持つ事でなんか肩の荷が降りた事を感じて。
僕は今まで覚悟が足りなかった、そういう事なんですね。
動物とか植物っていう一応食物連鎖的にヒトの下にいる者共に対して可哀想だけど仕方ないよねって漠然と思ってたけど、仕方ないことは無くて、仕方は有るけど自分が生きるには(ライフスタイル的宗教観的な意味で)他者を虐げる存在である「覚悟」を自覚する事、がストレス社会のストレスを軽減してくれました。
少し前の仮面ライダーアマゾンズ最後の審判でも似たような感覚はあったんですが、それ以上にストレート且つ、わかりやすいメッセージがタダで提供されてしまったという事実がヤバすぎるよなぁって話です。
綺麗事ではあるんですけど、劇中のハルキの所作、辛そうな姿勢が作品を通して現代の矛盾を洗い流そうとしている感じが本当にありがたいし、ありがとうという気持ちで一杯になりました。
僕はヒーローでもアイドルでもないから誰かを助けてあげる事は出来ないし生きてるだけでどなた様かには迷惑をかけてしまうけどそれは特別な事ではなくて誰もが背負うべき覚悟なんダナって。
そういう心の解放をウルトラマンジードからアマゾンズ最後の審判を経てウルトラマンZで提示をしてくれた特撮というファンタジーにこれまで以上に感謝しないといけないし、これからも多くの人を救う作品として様々な形態でウルトラ受け継がれていってほしいです。
写真の一枚も無しにここまで読んでくれた人が居るならば本当にありがとうございます。