おもちゃが友達

おもちゃと洋服が好きな気難しいおじさんの日記です。

シンカリオンというおじさんの癒し。

シンカリオンが終わってしまいました。

 

シンカリオンを見ていて僕が唯一残念に思ったのは、自分に子供がいる状況でないこと、そもそも結婚すらしていないけど、シンカリオンは絶対に親子で見たら幸福度が増すんだろうなと毎週思っていたのですがそのへん親子ファンの意見も気になります。

キリンとはやとの確執についてやや腑に落ちないような気もしますが、きっと同じ考え方でもピュアさを忘れたらその先に可能性は無いんだよねきっとって思う事にしました。

それはつまり適合率は希望指数みたいなもので枝の多い者こそがその種にとっての宝であって進化の道しるべたるものなのかなって。

そういう意味では毎週楽しみにさせてくれるシンカリオンは僕にとっての希望だったし、同じ気持ちのおじさんは少なくなかったのではないでしょうか。

ゾイド-ZOIDS-版アニメの最終回クラスの喪失感を味わいながらも同時に告知された劇場版に魂を救済されるような縛られるような感覚で明日以降を生きていくんですけどでも昨日見た夜の巷を徘徊するの富野由悠季監督みたいに、生きる限り元気にやっていかなきゃいけないんだっていう気持ちもありつつ。

ここ数年、むしろ10年間くらい暗かったり鬱々としたり救いの弱い作品がリアリティっていう風潮はジョジョに薄れて、シンカリオンを機に個人的な霧は完全に晴れたような気もします。

我々世代の鬱好きなトレンドって本当に生産性のない愚かさを感じているのですが、もうそれこそソーシャリティの話で富野由悠季監督みたいにいうと病気の時代だったと心の底から思っていたけど、シンカリオンと、唐突に出してしまうけどウルトラマンジードはそんな僕にとってのパラダイムシフトだったと思います。

死ぬために生きているんじゃないっていうことを説教なしで語れる作品ってなんて素晴らしいんだろうと、リアリティっていうフィクションの言葉に騙されて憂鬱に生きるより幸せに生きようとすることこそがエンタメなんだよってシンカリオンジードに教えてもらいました。

個人的に信者なので富野由悠季監督のお子たちにこんな社会を残してはいけないみたいな気持ちが伝播して今みたいな流れになっていると信じて疑いません。

本当にありがたいことです。

シンカリオンが終わってしまってとても寂しいですが、これからもっと明るい作品が出てくると嬉しいです。